大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1667号 判決 1974年4月25日

控訴人(附帯被控訴人)

伊藤友樹

右訴訟代理人

中嶋邦明

外二名

被控訴人(附帯控訴人)

藪中竹実

外一名

右両名訴訟代理人

村林隆一

外五名

主文

本件控訴および附帯控訴にもとづき原判決を次のとおり変更する。控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)藪中竹美に対し金二八六万九、一七〇円およびうち金二五一万九、一七〇円に対する昭和四五年一月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を、被控訴人(附帯控訴人)藪中三千代に対し金二八二万七、五〇〇円およびうち金二四七万七、五〇〇円に対する昭和四五年一月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

被控訴人(附帯控訴人)らその余の請求を棄却する。

訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、その余を被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

この判決は第二項にかぎり仮に執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人)代理人は「原判決中控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。被控訴人(附帯控訴人)らの請求を棄却する。附帯控訴人(被控訴人)らの本件附帯控訴および当審で拡張された請求を棄却する。訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は第一、二審とも被椌訴人(附帯控訴人)らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)ら代理人は附帯控訴にもとづき当審で請求を拡張したうえ「控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。原判決中附帯控訴人(被控訴人)ら勝訴部分を除きその余を取り消す。附帯被控訴人(控訴人)は、附帯控訴人(被控訴人)藪中竹美に対し金一五五万一、八九六円およびうち金九一万一、八九六円に対する昭和四五年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員、附帯控訴人(被控訴人)藪中三千代に対し金一五三万〇、七三四円およびうち金九〇万〇、七三四円に対する昭和四五年一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、左記に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(ただし、原判決四枚目裏六行目に「券」とあるを「巻」と、同六枚目表末行から四行目に「金七六四一、四六六円」とあるを「金七六四一、四六八円」と各訂正する。)。

控訴人(附帯被控訴人)の陳述

一、控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という)は、被害者をその彼我の距離約一二メートルに接近して発見し、直ちに急制動の措置をとり、約七メートル空走してブレーキ痕が開始し、ブレーキ痕が生じ始めてから約六メートル進行した際(被害者はこの間約一メートル位南に歩行していたから)、被害者と衝突したものであつて、原判決認定のように被害者に約七メートル接近して初めて被害者に気付き、急制動をかけたものではない。そして、控訴人が被害者をその彼我の距離約一二メートルの近距離に接近するまでに発見できなかつたのは、原判決認定のように、控訴人がカーライターを探していて前方への注視を怠つていたためではない。控訴人はいかにカーライターを探すためとはいえ、高速運転中に顔を下に向けて探すことはあり得ないのであつて、片手でハンドルを操作し、一方の手は手さぐりで腕を下に伸してカーライターを探しつつ、目はやはり前方への注視を継続していたのである。それでも約一二メートルに接近するまで控訴人が被害者を発見できなかつたのは、控訴人運転の加害車両の前照灯の照射力が街路灯の強い照射力に吸収されて、その前方にあるものを見通すことができなくなつたことと、光の谷間を通過する際のいわゆる感応性影響、すなわち、人間の生理現象による時間的な盲目作用に基因するものである。したがつて、本件交通事故は不可避であつて、控訴人には何らの過失はないといわなければならない。

二、仮に控訴人にかかる感応性影響をも計算に入れて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつて、控訴人にも過失があるとしても、被害者は本件交通事故現場である道路の未舗装部分を歩行すべきであるのに、慢然舗装部分を歩行したため、本件事故が発生したものであつて、被害者の過失も決して少ないものとはいえないから、原判決が被害者の過失を二割と認定したのは低きに失し、すくなくとも四割以上の過失相殺がなされるべきである。

三、本件における被害者の逸失利益を算定するについて、被害者は当時調理士として経験も乏しく、しかもその間に三度も職場を転々としており、その定着性や将来の見込みが不十分であるのに、公務員や大企業の従業員と全く同様に昇給を認めるのは不当である。生活費控除についても、稼働可能期間の全期間を通じ収入の八割を控除して計算すべきであり、仮にそうでないとしても、すくなくとも平均結婚年令である二八才までは収入の八割を生活費として控除すべきである。また、原判決は過失利益の現価算定についてホフマン方式を採用するが、これによれば賠償金元本から生ずる利息の総計の方が年間の逸失利益の総計を越えるという不合理な結果が生ずるから、ライプニッツ方式を採用すべきである。

被控訴人(附帯控訴人)らの陳述

一、控訴人は被害者を発見したのはその彼我の距離約一二メートルに接近したときであり、しかも約一二メートルにまで接近するまで被害者を発見できなかつたのは、控訴人運転の加害車両の前照灯の照射力が街路灯の強い照射力に吸収されてその前方を見通すことができなかつたことと、いわゆる感応性影響によるものであつたとして、自己の過失を否定するのであるが、控訴人の右主張事実はすべて否認する。本件交通事故は、控訴人が加害車両を運転中力ーライターを探していて前方への注視を怠つた結果発生したものであつて、控訴人の一方的な過失によるものである。

二、原判決は被害者にも過失があつたとして二割の過失相殺を認めるが不当である。また、被害者の稼働年令を五九才までと認定しているが、調理士という職業は体力を要せず、六五才まで稼働できることは明らかである。原判決は、また、慰謝料金額を被害者について金一六〇万円、被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という)らについて各金四〇万円としているが、被害者については金二〇〇万円、被控訴人らについては各金五〇万円を認容すべきである。被控訴人らは、控訴人が本件控訴を提起した結果、弁護士である被控訴人ら代理人に応訴を依頼し、相当額の弁護士費用支払債務を負担するに至つたが、訴訟活動の内容からみて、その債務は各金二五万円と認めるのが相当である(附帯控訴にもとづき当審で拡張した請求)。

三、よつて、被控訴人らは、附帯控訴にもとづき当審で請求を拡張したうえ、控訴人が被控訴人藪中竹美に対し金一五五万一、八九六円およびうち金九一万一、八九六円に対する本件訴状が送達された日の翌日である昭和四五年一月九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、被控訴人藪中三千代に対し金一五三万〇、七三四円およびうち金九〇万〇、七三四円に対する本件訴状が送達された日の翌日である昭和四五年一月九日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を各支払うべきことを求めるため、本件附帯控訴に及んだ。

証拠関係<省略>

理由

一本件交通事故の発生、責任原因、過失相殺、身分関係についての当裁判所の判断は、左記に訂正、付加するほか、原判決理由説示と同一であるから、その該当部分(原判決一二枚目表一行目から一三枚目裏七行目まで)を引用する。

(一)  原判決一二枚目表末行目から同裏一行目に「約七メートル位」とあるを「約一二メートル位」と訂正する。

(二)  控訴人は、控訴人が被害者を彼我の距離約一二メートルに接近するまで発見できなかつたのは、控訴人運転の加害車両の前照灯の照射力が街路灯の強い照射力に吸収されてその前方にあるものを見通すことができなかつたことと、いわゆる感応性影響に基因するものであつて、本件交通事故は不可避であつたとして、控訴人の無過失を主張する。しかし、自動車の夜間走行中における現象として、控訴人主張のような物理的、生理的現象のあり得ることは、一概にこれを否定できないけれども、本件交通事故発生の際に控訴人主張のような物理的、生理的現象があつたかどうかについては、<証拠>によつても、にわかにこれを認めがたく、他に控訴人の右主張を是認するにたりる的確な証拠はない。したがつて、控訴人の右主張は採用しない。

二損害額(葬儀費用・医療費等、逸失利益、過失相殺、慰謝料、相続、弁済充当、弁護士費用)についての当裁判所の判断は、左記に訂正、付加するほか、原判決理由説示と同一であるから、その該当部分(原判決一三枚目裏八行目から一八枚目裏七行目まで)を引用する。

(一)  原判決一八枚目裏五行目「……認められる。」の次に「そして、控訴人の本件控訴にともない、その応訴を弁護士である被控訴人ら代理人に依頼したことは本件記録上明らかである。」を、同行目「本訴の」の次に「原審および当審における」をそれぞれ加え、同一八枚目裏七行目に「着手金の限度において」とあるを削除し、同所に「各金三五万円をもつて」を加える。

(二)  控訴人は、本件逸失利益の現価算定についてはライプニッツ方式を採用すべきであると主張する。たしかに本件においては四二年にわたる長期間の逸失利益の現価を算定するものであるから、逸失利益の現価算定について中間利息の控除方法としていわゆるホフマン方式を採用すれば、控訴人主張のような不合理な結果が生じないわけではないけれども、ライプニッツ方式といい、あるいはホフマン方式といつても、いずれも結局は具体的事案について適正妥当な損害額を算定するうえでの技術的手段の選択にすぎず、或る特定の方式のみが合理的であつて、それ以外の方式が合理性に乏しいとしてこれを排斥すべき性質のものではなく、いわゆるホフマン方式(年毎復式)は、最高裁判所判例(昭和三七年一二月一四日最高裁判決、民集一六巻二三六八頁)の認めているところであり、これが裁判実務の大勢として定着しているものであつて、しかも本件の場合ホフマン方式によつて算出された結果をみても、ホフマン方式を排斥してライプニッツ方式を採用しなければ、蓋然性を喪失し、著しく公平を失して社会通念上是認できない結果が生ずるというものでないから、必ずしも、ライプニッツ方式を採用しなければならないものではない。

(三)  控訴人は、本件逸失利益を算定するについては、収入を固定して昇給を度外視すべきであり、生活費を収入の五割として控除するのは低きに失すると主張する。年少者死亡の場合の逸失利益の算定については、種々の不確定要素が多く介在し、いきおい抽象的、綜合的算定にならざるを得ない傾向があるため、裁判実務上も、収入・生活費とも変動させる方式、収入を変動させ、生活費を固定させる方式、収入・生活費とも固定させる方式等があり、また、生活費の算定についても、具体的に認定する方式、統計による方式、一定の割合を顕著な事実として認める方式等があつて、種々の方式が採用されているところである。けれども年少者死亡の場合の逸失利益の算定については、諸種の統計表その他の証拠資料に基づき経験則と良識を活用して、できるかぎり蓋然性のある額の算出に努めるべきであつて(最高裁判所昭和三九年六月二四日判決、民集一八巻五号八七四頁参照)、控訴人主張のように収入額を稼働可能期間を通じて初任給で固定させる方式を採用しなければならないものではなく、引用にかかる原判決が、被害者の一七才から一九才までの月収金三万二、六〇〇円が調理士の年令別平均給与の統計表(労働省労働統計調査部の賃金センサス昭和四四年第三巻三〇頁)の右期間の平均月収金二万八、八〇〇円を下らないものであるところから、一七才から一九才までは月収金三万二、六〇〇円として、二〇才から五九才までの五年毎の月収は右統計表の平均月収を下らないものとして、右統計表によつて被害者の収入額を求めたのは、右最高裁判所判例の趣旨にも合致し、相当であるというべきである(最高裁判所昭和四三年八月二七日判決、集二二巻八号一七〇四頁参照)。また、収入を得るために必要な生活費とは、被害者自身が将来収入を得るに必要な再生産の費用を意味するものであつて、被害者の職業、年令等諸般の事情に徴し、収入から控除すべき生活費としては、全稼働期間を通じて収入の五割と認定しても不当とはいえないと考える(最高裁判所昭和四三年一二月一七日判決、判例タイムズ二三〇号一七八頁参照)。

三、そうすると、控訴人は、被控訴人藪中竹美に対し、葬儀費用・医療費金七万円、被害者の逸失利益・慰謝料の相続分金三六四万円、慰謝料金四〇万円合計金四一一万円から弁済額金一五九万〇、八三〇円を控除した金二五一万九、一七〇円と弁護士費用金三五万円を加算した金二八六万九、一七〇円およびうち金二五一万九、一七〇円に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一月九日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、被控訴人藪中三千代に対し被害者の逸失利益・慰謝料の相続分金三六四万円、慰謝料金四〇万円合計金四〇四万円から弁済額金一五六万二、五〇〇円を控除した金二四七万七、五〇〇円と弁護士費用金三五万円を加算した金二八二万七、五〇〇円およびうち金二四七万七、五〇〇円に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一月九日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、被控訴人らの本訴請求は右の限度において相当として認容し、その余は失当として棄却すべきでる。

四よつて、本件控訴および附帯控訴は右認容の限度で理由があるから、原判決を右の限度でこれを変更すべく、民訴法三八四条、三八六条、九六条、九五条、九三条、九二条、八九条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(山内敏彦 阪井昱朗 宮地英雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例